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カッシー先生

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中学受験36年のキャリアがお届けするとっておきの秘策。特に公立中高一貫校の適性検査では,社会科的な知識だけでなく,算数で学習する割合なども同時に求められます。社会と数的処理をじっくり解説していきますよ。
高桐アカデミー塾長 カッシー先生
ホームページ http://www.kotoac.com

第11回 世界遺産について考えてみよう


 6年生のみなさん,受検はいかがでしたか。希望どおりの結果が出せた方も,そうならなかった方も,この経験はみなさんの一生の宝物になることでしょう。
 5年生のみなさんはこれから1年間,目標に向かって努力を続けましょう。


 では,今回取り上げるテーマが世界遺産です。
 はじめにクイズです。次の文は正しいでしょうか。
「2013年富士山はそのゆたかな自然が認められ,世界遺産に登録されました。」

 世界遺産とは,世界遺産条約にもとづき,人類共通の宝物として未来の世代に引きついでいくべき文化財や遺跡(いぜき),自然環境(かんきょう)を,ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産委員会が認めた建物や地域のことをいいます。文化遺産・自然遺産・複合遺産の3種類があり,2013年11月時点で,981件(文化遺産759件,自然遺産193件,複合遺産29件)が登録されています。

 自然遺産は人間が手を加えていない,ありのままの自然が残っていて,それを後世に残していく価値のあるものが登録されています。文化遺産は人間がつくった建造物や遺跡のうち,後世に残していく価値のあるものが登録されています。また,文化遺産と自然遺産の両方の価値があるものは,複合遺産になっています。

 日本では17件が世界遺産として登録されています。そのうち自然遺産は,屋久島・白神山地・知床(しれとこ)・小笠原諸島(おがさわらしょとう)の4件で,残り13件は文化遺産です。

 もう,最初のクイズの答えはわかりましたね。富士山は文化遺産ですので,「正しくない」が正解です。

 しかし,富士山が自然遺産ではないなんて,不自然だとは思いませんか。はじめは自然遺産として登録しようとしたそうです。しかし,富士山は人間によって利用されすぎていたり,ごみ問題があったりして自然遺産としての登録が難しいことがわかりました。その代わりに,富士山の持つ美しさや荘厳(そうごん)さが,古くから信仰(しんこう)の対象となっていたことや,和歌や浮世絵(うきよえ)の対象としてさまざまな芸術品が生み出されてきたことが評価され,世界文化遺産として登録されたのでした。

 今年度は「富岡(とみおか)製糸場を中心とする絹産業の遺産群」が,文化遺産候補として推薦(すいせん)されています。6月には結果が出ます。世界遺産として登録されることを願いましょう。


掲載日:2014年2月10日
次回の掲載は,2014年3月10日の予定です。

第10回 円高と円安について考えてみよう


 早速ですが,1組80円で売っていたカードが,ある日100円になっていたとします。このとき正しいのはどちらでしょうか。
 A カード安
 B カード高
 簡単ですね。答えは当然Bです。

 では,1ドル80円だったものが,ある日100円になりました。このとき正しいのはどちらでしょうか。
 A ドル安
 B ドル高
 カードがドルになっただけです。答えは当然Bですね。

 次の問題です。1組80円で売っていたカードが,ある日100円になっていました。このとき正しいのはどちらでしょうか。
 A 円安
 B 円高
 これは少しややこしいかもしれません。これまで80円で買えていたカードが,100円出さないと買えなくなったということですね。言い方を変えれば,これまで80円と交換(こうかん)してくれていたカードが,100円出さないと交換してもらえなくなったということです。カードから見ると価値が上がったということですが,円から見ると価値が下がったことになります。したがって答えはAです。

 最後の問題です。1ドル80円だったもの,ある日100円になりました。このとき正しいのはどちらでしょうか。
 A 円安
 B 円高
 先ほどの問題と同じです。カードがドルになっただけですから答えはAです。

 円高,円安について考えるときには,どちらかを品物にして考えるとわかりやすくなります。
 たとえば,円安になると輸出には有利といわれていますが,なぜかわかりますか。1ドル80円から100円になることが円安の例だといいましたが,このとき日本で160万円する車をアメリカで売ったとします。1ドル80円のときは160万円÷80円=2万,つまりこの車は2万ドルで売ることになります。これが1ドル100円になると,160万円÷100円=1万6千,つまり1万6千ドルになるわけです。
 値引きはしていませんので,利益は変わりません。それなのにアメリカでは20%も値段が下がったことになります。つまり,それだけ多くの日本車がアメリカで売れることになるのです。

 しかし,逆にガソリンなど輸入にたよっている品物は値上がりとなります。また,海外旅行に行くときには,費用が高くなってしまいます。円安にも良い面と悪い面の両方があるのですね。


掲載日:2014年1月6日
次回の掲載は,2014年2月上旬の予定です。

第9回 出発時刻よりも早い時刻に到着する?!-時差-


 ずっと昔のお話しですが,私がイギリスにいたとき,何気なく飛行機の時刻表を見ているとおもしろいことに気づいたことがありました。フランスのパリを午前9時に出発した飛行機はイギリスのロンドンに午前9時に到着するのです。逆に,ロンドンを午前9時に出発するとパリには午前11時に到着することになっていたのです。なぜ,そのようなことになるかわかりますか。答えは簡単ですね,そうです。時差があるからです。


 以前のコラムで,地球はものすごい速さで自転をしていることをお話ししましたね。北極の上から見ると,地球は反時計回りに1日に1回自転しています。1回転は360度ですから,1時間では360÷24=15つまり15度回転します。ということは,経線で言うと,東へ15度ずれれば1時間早い時刻になるわけです。

 経度は地球上で東西の位置をあらわし,イギリスのロンドンを通る経線を0度として東西に分け,それぞれ180度に区切っています。同じ国や地域の中でも経度のちがいにより時刻に差が出るのですが,それでは生活が不便になるので各国で標準時を定めています。ロシア連邦やアメリカ合衆国など,2つ以上の標準時をもつ国もあります。

 日本は兵庫県明石市を通る東経135°を基準に時刻が統一されています。ということは,ロンドンとは135÷15=9となり,9時間の時差があることになります。日本で正午のときロンドンでは午前3時ということです。


 はじめの話題にもどると,フランス,ドイツ,イタリアなど西ヨーロッパの多くの国ではイギリスより1時間早い時刻を標準時としています。その当時,イギリスからフランスまで飛行機で1時間かかっていたので,パリの空港を出発する時刻とロンドンに到着する時刻は,それぞれの現地時間では同じになっていたのです。


 では,ここで問題です。成田空港を午後5時に出発した飛行機がアメリカのロサンゼルスに同じ日の午前10時に到着しました。この飛行機の飛行時間は何時間でしょうか。ただし,ロサンゼルスは西経120度を標準時とします。

 ロサンゼルスは西経120度で考えればよいのですから,120÷15=8,つまりロンドンとは8時間の時差があることになります。西経ですから,ロンドンよりも8時間おそいのです。日本とは9+8=17,17時間時差があることになります。ロサンゼルスの午前10時は,日本では午前10時に17時間たせば翌日の午前3時になります。午後5時に出発した飛行機が翌日の午前3時に到着したことになりますので,飛行時間は10時間になります。


 それにしても,出発時刻よりも早い時刻に到着するなんておもしろいですね。


掲載日:2013年12月7日
次回の掲載は,2014年1月6日です。

第8回 夏期オリンピック・パラリンピックとうるう年


 2020年,東京で夏期オリンピック・パラリンピックが開かれることが決まりました。そこで今日は,その開催年(かいさいねん)について考えてみましょう。
 みなさんは,オリンピック・パラリンピックが4年に一度開かれるのは知っているでしょう。また,夏期オリンピック・パラリンピックは開かれる年は,西暦(せいれき)が4で割(わ)り切れる年と同じです。4年に一度というのはうるう年(2月29日がある年)とも同じです。うるう年もまた,西暦が4で割り切れる年にあたります。

 ではなぜ,うるう年があるか知っていますか。
 地球は太陽の周りを回っています。これを公転といいます。また,地球はコマのように自分で回転をしています。これを自転といいます。昔(むかし),1回の自転を1日,1回の公転を1年と決めました。

 しかし,地球の公転や季節と,暦(こよみ)とのずれを調整する必要が出てきました。
 というのも,1年間を365日と決めましたが,地球が1回公転するのにかかる正確な時間は365日5時間48分46秒なので,このままにしておくと,季節がカレンダーとずれていくからです。これを防(ふせ)ぐために取り入れられたのが,4年に1度,2月29日を設(もう)けることでした。

 ところが,4年に1度うるう年を入れても,数百年間という単位で考えれば,地球の公転や季節と,暦(こよみ)とのずれは起こります。当然ですよね。地球が1回公転するのにかかる正確な時間は365日5時間48分46秒なので,5時間48分46秒を4倍しても,ぴったり24時間にはなりませんから。そこで,このずれを修正(しゅうせい)するために作られたのがグレゴリオ暦とよばれるもので,現在(げんざい),世界の多くの国で採用(さいよう)されています。

 グレゴリオ暦は,1582年にローマ教皇(きょうこう)がそれまで1500年以上使われてきた暦を改良して制定(せいてい)したものです。この暦では,「西暦の年数が100で割り切れるが400で割り切れない年は平年とする。それ以外の年では,西暦が4で割り切れる年をうるう年とする。」というルールになっています。つまり,400年間に97回うるう年を作ることにしたのです。具体的には,1600年はうるう年ですが1700年は平年(2月29日がない年)となります。

 では,1896年以降(いこう)の近代夏期オリンピック・パラリンピックにおいて,うるう年ではない年に開催されたことはあるでしょうか。

 答えです。
 第1回はギリシャのアテネで開かれ,第2回はフランスのパリで開かれました。この第2回の開催年は1900年で平年だったので,正解は「ある」です。


掲載日:2013年11月4日
次回の掲載は,2013年12月8日です。

第7回 歴史から中央集権と地方分権を見てみよう


 前回は,大和朝廷(やまとちょうてい)が豪族(ごうぞく)たちに「氏(うじ)」と「姓(かばね)」をあたえて支配していったことをお話ししました。このしくみを「氏姓制度(しせいせいど)」といいました。

 このしくみは,豪族たちが支配していた土地や人々の支配権(しはいけん)をそのまま認(みと)めたので,大王の力は氏の中まではおよびませんでした。ですから,蘇我氏(そがし)など,大王の地位をおびやかすような豪族も出てきました。

 こうした状況(じょうきょう)を変えて,権力(けんりょく)を大王に集中しようと考えたのが聖徳太子(しょうとくたいし)でした。太子は,十七条の憲法(けんぽう)や冠位十二階(かんいじゅうにかい)などを通して豪族の力を弱め,大王中心の中央集権体制をつくろうとしました。

 その意志を引きついで天皇中心の中央集権体制をつくり上げていったのが,中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と中臣鎌足(なかとみのかまたり)らがおこなった大化の改新でした。701年の大宝律令(たいほうりつりょう)の完成によって,大化の改新は終わり,日本は律令国家になりました。

 次の奈良時代に律令制度は最盛期(さいせき)をむかえます。しかし,その後土地の私有が認められ,荘園(しょうえん)が形成されていきます。平安時代になると藤原氏(ふじわらし)が摂政(せっしょう)・関白になり,天皇に代わって権力をにぎることになります。このしくみを摂関政治(せっかんせいじ)といいます。この政治を支えたのは多くの荘園です。荘園は私有地なので,次第に国司の支配からはなれていきます。このようにして中央集権体制がくずれていきました。

 このような状況(じょうきょう)の中,地方では豪族や有力な農民が自分たちの土地を守り,勢力を拡大するために武装(ぶそう)するようになり,各地で紛争(ふんそう)が発生しました。

 これらの紛争をしずめるために,朝廷から派遣(はけん)された貴族(きぞく)の中から武装集団を支配下に置き,そのまま地方に定着した者がいました。彼(かれ)らが,のちに武士(ぶし)となります。中央で藤原氏を代表とする貴族たちが優雅(ゆうが)なくらしをしている間に,武士たちは,地方で着々と力をのばしていきました。

 平安時代の後半には,武士が貴族と同等以上の力を持つようになります。鎌倉(かまくら)時代から江戸時代までは武士の時代です。武士は自分の土地を守っていくことが最も大切だったので,地方分権の時代になりました。

 日本で律令国家以来の強力な中央集権国家がうまれたのは明治維新(めいじいしん)です。これによって武士はいなくなり,藩(はん)の代わりに県が置かれ,中央政府から県令が派遣されるようになりました。このころは,外国との競争に負けないためにも強い力を持った中央政府が必要だったのです。

 このように見てくると,日本の歴史では地方分権→中央集権→地方分権→中央集権へと移っていったことがわかります。現在は,日本国憲法にも地方自治についての記述があるように,ある程度地方分権が認められています。しかし,地方の実態に合わせた政治をするために,地方分権をもっと広げていこうという流れがあります。


掲載日:2013年10月7日
次回の掲載は,2013年11月4日です。

第6回 名字のはじまりを知っていますか


 みなさんにはそれぞれ名前がありますね。名前は,「氏(うじ)(姓(かばね,せい))」と「名」からできています。「名」は,子どもが生まれると親が役所に届(とど)け出るときにつけます。ですから,名の由来は親に聞けばわかります。
 しかし,「氏」のほうはどうでしょうか。「氏」は先祖代々受け継(つ)がれてきているものなので,由来がはっきりとわからないことも多いと思います。

 では,いつごろから「氏」ができてきたのでしょうか。
 魏志倭人伝(ぎしわじんでん)に出てくる邪馬台国(やまたいこく)の卑弥呼(ひみこ)にも氏はなかったようです。卑弥呼がいた3世紀ごろは,ちょうど弥生(やよい)時代から古墳(こふん)時代へと変わりつつあった時代で,その後,大和朝廷(やまとちょうてい)が成立します。大和朝廷は,各地の豪族(ごうぞく)を武力でしたがえたり連合したりしながら勢力を広げていきました。そして,5世紀ごろには九州地方から関東地方にまでその力がおよぶようになりました。

 大和朝廷は,その勢力が広がるにつれて,豪族たちをしたがえていくための方策が必要になります。そこで豪族たちにあたえたのが「氏」と「姓」です。
 大和朝廷は,もともと有力豪族たちの連合政権であったと考えられています。そのなかで一番力があったのが大王として政権の中心となったのでしょう。この大王の一族がのちに天皇家となります。
 大王は,朝廷にしたがっている豪族たちに,その歴史的背景や力に応じて政権内での地位や仕事を分けあたえていく必要があったのです。

 そのためにまず「氏」をあたえます。葛城(かつらぎ)氏,平群(へぐり)氏,蘇我(そが)氏などが最上位で,その次に,物部(もののべ)氏,大伴(おおとも)氏,中臣(なかとみ)氏,さらに秦(はた)氏,服部(はっとり)氏などがあります。
 さらに「氏」だけでは地位や役職がはっきりしないので,「姓」もあたえたのです。「姓」には上から順に「臣(おみ)」「連(むらじ)」「伴造(とものみやつこ)」などがありました。ですから,蘇我氏の○○さんは正式には蘇我臣○○(そがのおみ○○),大伴氏は大伴連○○(おおとものむらじ○○)とよばれていたのです。

 「姓」のほうは,時代がすすみにつれて使われなくなっていきましたが,「氏」はその後も増えていきます。平安時代になると武士が登場し,自ら家名として名字(氏の名のこと)を名のることがはじまりました。これらが今の名字の原型となったのです。

 ところで,日本では今も名字のない人たちがいます。だれかわかりますか。天皇とその家族ですね。もともと「氏」は,天皇が家臣にあたえていったものなので,天皇自身が「氏」を名のる必要はなかったというわけです。


掲載日:2013年9月9日
次回の掲載は,2013年10月7日です。

第5回 単位について考えてみよう-その2-


 私は,小学生のころから時代劇(げき)が好きでよく見ていました。特に「水戸黄門」はお気に入りでした。水戸黄門(徳川光圀(みつくに))は,江戸時代の御三家の一つ水戸藩(みとはん)の第二代藩主(はんしゅ)で,徳川家康の孫(まご)にあたります。ドラマの中では,隠居(いんきょ)した黄門様が各地を旅しながら悪人をこらしめていきますね。その中で,こんなシーンがありました。

家来:ご隠居様,今日はこの宿場でとまりましょう。おいしそうなものがいっぱいありますよ。
黄門:何を言いますか。次の宿場まで急ぎますよ。ついて来ないとおいていきますよ。

 うっかり八兵衛(はちべい・家来)がもうつかれたので,この宿場でとまりましょうと主人である水戸黄門にお願いしているのです。しかし,先を急ぐ黄門様は次の宿場まで行くと言っています。

 子どものころ,テレビのこんな場面で私はある疑問がわいてきました。東海道53次といいますが,53の宿場に全部とまっていくわけではないということ。では,そのころの人たちは江戸(東京)から京都まで何日ぐらいかかっていたのだろう・・・と。

 そこで,小学生の私は次のように考えました。

 新幹線で東京から京都まで約3時間として(そのころは,東京から大阪まで3時間10分かかっていました),平均時速を160kmとすると,その距離(きょり)は「160×3=480」,つまり,500kmぐらい。

 次に,その当時の人たちはもちろん歩いて旅するわけだから,一日に何kmぐらい進むことができるのだろうか。歩く早さは1時間で5kmぐらいとして,1日に何時間歩くことができるのだろうか。
 むかしは,日がしずむと真っ暗闇(くらやみ)になってしまうだろうから,歩けるのは日中の明るい時間だけ。1日に12時間歩けるとして,休けいも入れると実際に歩くことができる時間は8時間ぐらい。だとすると,1日に進む距離は,時速5km×8時間=40kmだと計算しました。
 すると,500km÷40km≒13日と計算できます。
 大体2週間ぐらいかかったのではないかと思いました。

 あとで調べてみると,この計算は大体正しかったようです。
 みなさんも,身の回りの出来事について色々と考えてみることをおすすめします。結構楽しめると思いますよ。


掲載日:2013年8月5日
次回の掲載は,2013年9月9日です。

第4回 単位について考えてみよう-その1-

 今回は長さなどの単位ついて考えてみたいと思います。

 今から30年以上前の話です。私が初めてイギリスに行ったとき,地元の方が車でホテルまで送ってくれました。車は高速道路を走っていたのですが,かなりスピードが出ているように感じました。スピードメーターをのぞいてみると,100の少し手前でした。「なんだ。時速100kmも出ていないのか,それにしては速く感じるな。」とそのときは思いました。でもやはりおかしい。そこでよく見てみると,メーターの表示は「km」ではなくて「マイル」だったのです。1マイルはおよそ1600mですから,この車は時速160km近くのスピードで走っていたのです。

 今でもイギリスを走っている車のメーターはマイル表示です(kmも併記(へいき)してありますが)。

 日本では尺貫法(しゃっかんほう)と呼ばれる単位が使われていました。今でも一升瓶(いっしょうびん)や坪(つぼ)など,生活の中で使われ続けている単位もありますね。このように,昔は国や地方で単位が統一されていなかったわけです。そうすると面倒なことが起こるので単位を統一しようという動きが起きました。

 中心になったのはフランスです。
 18世紀の末,フランス革命の直後のことです。日本では江戸時代の三大改革の2番目である寛政の改革が松平定信によって進められていたころです。長さの単位を決めるためのもとになったものが地球でした。北極から赤道までの地球の表面上の距離(子午線の4分の1)の1000万分の1を1メートルと決めたのでした。地球を球と考えると赤道の長さが1000万m×4=4000万m=4万kmになります。実際には地球は完全な球体ではないことと,現在では1メートルの定義が変わっているので正確に4万kmではありません。約4万kmと考えてください。

 地球は1日で1回自転しています。
 では,赤道上にいる人はどのくらいの速さで動いていることになるでしょうか。計算してみましょう。
 1日は24時間です。1時間は60分,1分は60秒ですので,40000km÷24÷60÷60≒0.463kmより,およそ秒速460mの速さになります。音の速度は気温や気圧によって変わりますが,15℃,1気圧ではおよそ秒速340mです。ですから赤道上にいる人は,音の速度よりも速く動いているのです。

 ちなみに光の速さについてはどうでしょうか。
 私は子どものころ,「光は1秒間に地球を7回半する。」と聞いて「光はとてつもなく速いんだな。」と思ったことがあります。実際には光が地球の回りを回ることはないので,「光は1秒間に赤道の7.5倍の距離を進む。」ということですね。地球一周はおよそ4万kmですから,光の速さは秒速30万kmになるわけです。


掲載日:2013年7月8日
次回の掲載は,2013年8月5日です。

第3回 海流ってすごい!!-その2-

 前回は,海流,特に対馬(つしま)海流について取り上げてみました。今回は,その他の海流について考えてみたいと思います。

 日本は島国で周りを海で囲まれていますね。日本の近海には4つの海流が流れています。そのうち南から北上してくる日本海流(黒潮)とこれから分かれた対馬海流は暖流です。一方,北から南下してくる千島海流(親潮)と日本海を流れるリマン海流は寒流です。

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 海流には,暖流と寒流の2種類があります。文字通り,暖(あたた)かい流れが暖流,冷たい流れが寒流です。海水にふくまれる栄養分は寒流のほうが多いのですが,どうしてかわかりますか。

 空気のような気体や水などの液体は,あたたまると膨張(ぼうちょう)する性質があります。膨張するということは重さは変化しないでふくらんでいくということですね。そうなると同じ体積あたりの重さが小さくなるということです。つまり,温まると軽くなるのです。

 寒流は,冷たい水の流れなので周りの水よりも重たいのです。そうなると下にしずもうとして海底の栄養分をかき回すことになります。その結果,栄養分を食べるプランクトンが大量に発生し,そのプランクトンを食べる魚も多くなります。このように魚を育てるので千島海流は親潮とも呼ばれているのです。

 その親潮と暖流の黒潮が三陸・金華山沖(きんかさんおき・宮城県)でぶつかります。これを潮目といい,寒流と暖流の両方の魚が豊富(ほうふ)に取れる世界的に見ても有数の漁場になっています。潮目は移動して銚子沖(ちょうしおき・千葉県)にできることもあります。こうして黒潮は親潮とぶつかったあと,北太平洋海流となりその一部は北アメリカ大陸方面へと流れていきます。東日本大震災から1年以上たって船やがれきの一部がアメリカに漂着して話題になったことがありますが,これらはこの流れに乗って漂流したと考えられています。

 ちなみに,これをテーマにした適性検査問題は,東京都立小石川中等教育学校や京都府立洛北高等学校附属中学校,大分県立大分豊府中学校など,すでに多くの公立中高一貫校が出題しています。要注意ですよ。

 では,ここで問題です。

 ほぼ同じ緯度(いど)にある岩手県宮古市と秋田県秋田市では,夏,暑いのはどちらでしょうか

 宮古市は太平洋側にあり,秋田市は日本海側にあります。太平洋側のほうが暖かいというイメージはありませんか。しかし,7・8月の平均気温は秋田市のほうが2℃以上高いのです。

 理由はもうわかりますね。日本海には暖流の対馬海流が太平洋側には寒流の親潮が流れているからです。親潮は魚を育ててくれますが,夏に東北地方の太平洋側の気温が上がらず,冷害を引き起こす「やませ」(北東から夏にふいてくる冷たい風)の原因にもなるのです。


掲載日:2013年6月3日
次回の掲載は,2013年7月8日です。

第2回 海流ってすごい!!-その1-

 みなさんは社会科に対してどのようなイメージを持っていますか。「社会は暗記科目だから,勉強したことをどんどん覚えていけばいい。」と考えてはいませんか。もちろん暗記しなければならないことはたくさんあります。しかし,知識を暗記していけば社会科のテストで高得点が取れるかというと,そうとは言い切れないのです。特に適性検査では「なぜそうなるのか」という理由づけをしながら覚えておかないと対応できません。また,そうすることで社会の勉強が楽しくなります

 私は小さいころから天気予報をよく見ていました。そして,低気圧が近づいてくると天気が悪くなり,雨が降(ふ)り出すことを知りました。しかし,冬になると低気圧がないのに日本海側で大雪が降ったりします。「なぜなのか」と不思議に思った記憶(きおく)があります。みなさんはわかりますか。『冬は西高東低の気圧配置になることが多く,北西の季節風が吹(ふ)いてくる。その季節風が日本海側の山脈に当たり,上昇(じょうしょう)気流となって冷やされ,雲ができ雪や雨を降らせるから。』と考えたとしましょう。

 この考えはまちがってはいませんが,一つ大きな点を見落としています。冬型の気圧配置でできる高気圧はシベリア高気圧と言い,寒い北の大陸で発達します。大陸の上にできるので温度は低くとても乾燥(かんそう)しています。この高気圧から吹いてくる風は本来冷たくて乾燥しているのです。ですから冷たい冬の日本海の上を吹き渡(わた)ってきてもさほど水分をふくんだ風にはならないはずです。ではなぜ,日本海の上を渡ってくる間に水分を十分ふくんだしめった状態になるのでしょうか。それは海流のせいです。

 日本海には,九州で日本海流(黒潮)と分かれた対馬(つしま)海流が流れています。対馬海流は暖流なので,冬でも水温が10℃前後の暖かい海水が流れています。この上をマイナス20℃にも達する大陸からの寒気が通り過ぎるときその温度差が30℃にもなります。こんなときはまるで露天風呂のように海から湯気がもうもうと立ち上がって見えるのです。こうして水分を目いっぱいにふくんだ季節風が日本海側の山脈に沿って上昇気流となり大量の雪や雨を降らすのです。その後,水分を失ってかわいた状態となった空気は太平洋側に乾燥した冷たい風となって吹いてきます。関東地方ではこれを「からっ風」と呼び,江戸時代に起こった大火の原因にもなりました。

 日本は周りを海に囲まれた島国ですから,日本の気候や産業を勉強するとき,海の影響をつねに考える必要があるのです。


掲載日:2013年5月6日
次回の掲載は,2013年6月3日です。

第1回 桜が咲くために必要なものとは何だろう

 日本は温帯モンスーン気候という気候帯に属していて,四季の変化がはっきりとしています。夏はあんなに暑かったのに,冬にはこんなに寒くなるなんてどうしてなんだろうと,私は子どもの頃不思議に思っていました。

 そんな寒い冬から春になり,暖かさを実感しているときに桜の花が咲きます。桜にもいろいろな種類がありますが,特に人気があるのはソメイヨシノです。ソメイヨシノはまるで団体行動をしているかのようにいっせいに咲き,そしていっせいに散っていきます。一つの花を見てもそれほど美しいとは思わないのですが,日本では花というと桜の花を意味するというほどなじみの深いものになっています。

 ところで,「休眠打破」という言葉を知っていますか。実は,桜の花のもとは夏につくられているのです。これを花芽(かが)といいます。花芽は10月ごろまでに花弁などを作って蕾(つぼみ)のもとが出来上がっていきます。ここまでで,いつでも開花できる準備が整っているのです。しかし,翌年の春まで花は開きません。

 これは冬の厳しい寒さを乗り切るためなのです。そのために葉で成長抑制ホルモン(成長をおさえる成分)がつくられ,花芽に運ばれ,花芽は休眠状態になるのです。

 では,休眠状態になった花芽はどのようにして目覚めるのでしょうか。それには一定期間低温(5℃前後)状態になることが必要なのです。この状態になると成長抑制ホルモンがこわさせていき,休眠から目覚めます。このことを「休眠打破」というのです。

 1月下旬ごろに目覚めた花芽は,暖かくなるにつれて急速に成長し春のはじめに花を咲かせます。開花するには休眠打破後の暖かさも必要なのですね。日本は南北に長い地形をしていますので,南から順番に咲いていくことになります。この開花日を線でつないだものを桜前線と呼んでいます。

 最近,この桜前線が乱れる傾向があります。九州南部よりも福岡市や東京都市部が早かったりするのです。これは暖冬で冬の間の低温状態の時間が不足し,休眠打破が起こるのが遅くなったためだと考えられます。逆に,東京などの都市部では周辺地域よりも気温が高くなるヒートアイランド現象が起こっています。こうしたことから,東京都市部が九州地方よりも早く開花する年もあったのです。

 桜前線を見るだけでも,地球温暖化や異常気象など地球規模で起こっていることが身近に感じられますね。

 それにしても桜が咲くためには冬の寒さが必要なんて,なんだか人の成長にも似ているようでおもしろいと思いませんか。


掲載日:2013年4月1日
次回の掲載は,2013年5月6日です。